万事、塞翁が馬

人生の幸・不幸は予測しがたい。最後に立っていたやつが勝ちさ。京都で酒造ベンチャーをやっているよ。

酒のラベルにおける「いいデザイン」とは

"ラベルのデザイン"というのは酒造をやってる側からすると結構めんどくさく、やっていて楽しくはない。外からすると簡単そうに見えて楽しそうに見える作業のようだ。委託製造の依頼人とか酒造で起業したい希望者と話してると温度差を感じる。こういうのを"ピクニック気分"と呼んでいる。

以下簡単に

  1. デザインは見た目がカッコいい事ではない
  2. 法律上の記載義務がある
  3. 貼りやすいかどうか
  4. 接着不良は人件費がクソ上がる

1.デザインは見た目がカッコいい事ではない

デザインとアートの違いで、デザインの日本語訳は設計。設計というのは車で言うと、早さを追求すればレーシングカーの形になるし、積載量を追求するとトラックになる。レーシングカーは一人乗りで荷物が載らないし耐久性もないので消耗品だ。それなりに早くて日常遣いもできる形がいいならスポーツカーになって、速さはそこそこで荷物が詰めてならセダンになる。小さくて安くてなら軽自動車になる。安くて耐久性があってとにかく荷物が載るなら軽トラになる。
設計(デザイン)というのはいくつかの要素の折り合いをつける行為。100点はない。その要素の一つに「見た目のカッコよさ」(外観)があるというだけで他の要素と折り合いをつけないといけない。逆に見た目のカッコよさだけを追求するのがアート。「絵を描くの得意なんすよ。俺ならカッコいいラベルが描けます。楽勝っす」ってのはアートとデザインの区別がついていない。「見た目以外にもいろいろあるんすよ」とは言うけど色々ある事が"見えてない"わけで、説明が通じるわけではない。やってみればわかる。実際にやってみて経験したらちょっと賢くなる。

2.法律上の記載義務がある

ラベルには原材料表記その他もろもろ記載義務事項がある。義務なので書かないとしょうがない。これがフォントやフォントサイズ・文言などが規定されていてなかなかめんどくさい。消費者保護のためのものなので文句を言う筋合いはないもののサイズはともかくとしてフォントの種類が指定されているのは意味が分からない。ラベルを作成したら届出をして審査を受けることになる。
有機JAS法があるので有機やオーガニック表記には規制がある。薬機法があるので薬効をうたう事はできない。が、やりたがる人が多い。書いた方が売れそうな気がするのはわかる。ろくに考えずに印刷して審査ではねられると全部無駄になる。審査には時間がかかるので「ダメです」の連絡が来た時点ですでに出荷しちゃってる場合は回収になる。

3.貼りやすいかどうか

ラベルを貼るには1個あたり30秒-1分くらいかかる。30秒と1分では人件費が倍になる。台紙からシールが剥がしやすいか、位置決めがしやすいか、水平が取りやすいか、ボトルとサイズが合ってるかなどはそのままコストに跳ね返ってくる。 巨大工場だと全自動でラベルを貼っているが、リールにシール印刷するのはコストが高くなるし1ロットが2000枚-3000枚くらいになる。それだけの販売の見込みがあるケースは少なく、シートに印刷して手張りすることになる。
レーザカットを使って複雑な模様を入れるとか、複雑な形状にするとか、全面にシールを貼るとか、何枚も貼るとかはするべきじゃない。シールは小さければ小さいほどいい。貼りやすいし印刷代も安い。

4.接着不良は人件費がクソ上がる

酒じゃないけど瓶詰めで起業した人と話すことがあった。「ボトルを見た目のカッコよさだけで選んで、ラベルを見た目のカッコよさだけでデザインして、貼りにくいけど頑張って貼ったら、シールとボトルの間に泡が入って浮いちゃった」という相談をこの間受けた。実物を見たが割とひどかった。

  • 単純に張るのが下手。数こなせば不良率が下がるので悲観するほど悪い状況じゃない
  • 円柱に比べて四角柱とか六角柱とか角があるのは難しい。角でシールを曲げた所に空気が残りやすい。
  • 面のある瓶を使うなら面の大きさより小さいシールを使うといい
    というようなことをあーだこーだ言った。 結論は「このラベルいまいちなんで早く変えた方がいいっすよ。手間が無駄です」という身もふたもないものになる。

ラベルに泡が入るのは貼った時はわからない。一晩おくと空気が集まってきて泡が作られラベルが浮く。慣れてくると「今貼ったボトル、手ごたえがなかった上手く貼れてない気がする」とかわかるようになる。ラベルが固い場合反り返ってきたりするし、貼る前にボトルの表面の洗浄をしないと接着剤はくっつきにくくなる。そういった外観不良は確率で発生するので不良率を下げる必要があるが、1本2本作ってる時は気づかない。シールの素材、接着剤の種類、ラベルの形状、貼り付けの治具を色々試すことになる。 100本作って30本不良があると青ざめる。ラベルを引っぺがすのが大変だし、ラベルによってはきれいにはがれないのでこすり落とす。再洗浄して貼りなおすわけだが、その貼りなおしたやつも3割くらい不良になって再度やり直すことになる。
そんなの儲かるわけないよね。

デザインというのは大事なんである。生産性が上がればコストが下がる。こういった問題を全部解決して合格点。その上で"カッコいい"ならなお良い。カッコよさは売上にプラスの影響があるはずだからだ。いっぱいやらないといけないことがあってとても大変なんである。
「中身(酒)と全然関係ないこんなシールになんでこんなにコスト(お金と時間)をかけてるんだろうな」と落ち込むこともままある。