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万事、塞翁が馬

人生の幸・不幸は予測しがたい。京都の酒造ベンチャー"FLFS"の「名目上の社長」こと姉崎亮太の平凡な日常の記録。

炎の錬金術師 キンコン西野の炎上芸は完成の域に達した

炎上芸人・炎上商法と呼ばれる人は多いが「お金の奴隷解放宣言」「明坂聡美の危うさ」と続けざまに炎上させてPVを稼いでいくキンコン西野氏の"炎上力"は国内最強だろう。昔のブログから定期的に炎上でアンチが云々って話題にはなってたけど今とはPVがケタ1つ2つちがうはずだ。3つ違ってもおかしくない。ヤフーに乗ったなら100万は楽に行くはず。元が4桁だったら3つ違う。
 
昔、立川談志が「政治家の演説は話芸としてつたない」ってことを言ってたのを見たことがある。
自分に伝えないといけない内容があって、聞いてくれる人が多い駅前に立って、スピーカを使って話す場を用意したにもかかわらず、聴衆を説得するどころか関心も引けないままずっとしゃべって仕事した気になっている。結果につながってないから時間と労力の無駄で、ただの迷惑な独り言だ、というような内容だ。
 
Publishe(出版)は印刷とは異なる。「自分の個人的な思想・信条を、社会に広めてみんな(Public)のものにすること」がPublishの本質で本を印刷することは手段に過ぎない。

相手の手元に届け、そのうえで理解してもらわないといけない。手に取ってもらえるよう関心を引く必要がある。ロシアに「読まれない小説はインクの染み」ということわざがある。関心を集めるための手段としてアジっている。
注目を引けないまま終わるよりは悪目立ちでも目立った方がいい。広めたいことがあるのに広められなかったならばそれは失敗でしかない。
 
腹立たしいことを言う・嫉妬を掻き立てるなど「文句言ってやりたい」という気にさせてSNSにコメントを残させる。その怒りや恨みや嫉妬が共感となってSNS上で拡散していく。アジ演説と同じ仕組みだ。
アジ演説の場合は政府の打倒が目的なので政府のやっているむかつく事をネタにするが、炎上芸は自分の活動に注目を集めることが目的なので敵を自分から進んで演じる必要がある。
 
アジで負の感情を掻き立てる。不特定多数の負の感情がネットで増幅される。それを受け止めるか受け流すかできないと潰れる。去年の長谷川豊の件がそうだ。長谷川さんは元フジテレビのフリーアナウンサーで、アナウンサーの仕事が欲しかったのか政治家になりたかったのかなんにせよ注目を集める必要があった。そこで炎上をおこしたのだけれど、演目が悪かったね。「重病で苦しんでる人間は殺せ、金の無駄だ」なんてもの選んで味方を作れるわけがない。さっさと消して謝ればいいのにそれをしなかったのは、注目集まったのが嬉しかったんだと思う。端的に言えば頭が悪かったのだ。
 
狙って炎上させる、定期的に行う、徐々に規模を拡大する、そのうえで自身のイメージが決定的に悪くならないようにコントロールする。これが炎上芸だ。言うはたやすいがなかなかできる事ではない。
ま、上品な芸ではないけどね。それは大衆相手だから仕方ないよ。大衆の心には下品なものしか刺さらないから。
 
芸人さんの言う「押すなよ。絶対押すなよ」は押せという意味だ。応じてくれる人がいて初めて成り立つ。「こういう風にしたいからよろしくな」というのが示され相手の手助けでそれが実現する共同作業だ。
「アンチありがとう。押してくれてありがとう。いつもありがとう。今後もよろしくね!」
って本気で思ってるはずだ。炎の錬金術師こと西野亮廣の次回作が実に楽しみだ。